Paint It Green × カリフォルニアGreen便り
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今年のグラミー賞
今年のグラミー賞は、いまいちぱっとしませんでしたね。

受賞者の顔ぶれも、パフォーマンスも、新鮮な驚きがなかった。ビヨンセの王者ぶりとか、PINKのシルク・ド・ソレイユみたいなパフォーマンスとか、マイケルの追悼とか、目玉はあったのだろうけど、想像の範囲内という感じで、音楽的に身の毛がよだつような感じはなかった。私の愛するMaxwellも一冠達成かつ歌も歌いましたが、ずいぶん緊張していたようでもあり、あまり大きなステージが似合う人でもないので会心の一撃とはいかなかったみたい。そして最後まで意味がわからなかったタイラー・スウィフト。数ヶ月前の何かの賞でカニエ・ウェストが茶々入れて大ひんしゅくを買いましたが、ちょっとカニエの肩を持ちたくもなりました。

そんな中で、「これ、誰?」だったのがこの人。

「レスポール」というギターで有名な Les Paulが去年亡くなったので、その追悼のステージがあり、そこでジェフ・ベックと共演して、ひときわ目を引いた女性ボーカリスト。

奇妙な巻き髪に時代錯誤な真っ赤な口紅。場末の売春宿のおかみのような迫力もあり、ちょっとハスキーですごく雰囲気のある歌声で、なぜかブルース・ブラザーズの映画の世界を思い出しました。

彼女の正体は、イメルダ・メイ。アイルランド出身のロカビリー歌手とのこと。
アイルランドというのがおもしろい。行ったことはないのだが、アメリカへの移民が多いせいなのか、アイルランドが舞台の映画では、いつもパブで古いアメリカのポップス--まさにロカビリーみたいなのがかかってた感じがあって、でも陰鬱なアイルランドでかかっているアメリカン・ポップスは、やはり底抜けに明るくは聞こえず、どこかうっ屈して地下に潜行していくようだった。

彼女のロカビリーもそんな感じ。スタイルはアメリカ産だけど、ソウルはアイルランドの空の下。

アメリカにこういったアプローチで切り込んでくるというのは、まさにエイミー・ワインハウスの第二弾という感じなのかもしれないが、エイミーほど生々しくグロテスクではなく、もっとシアトリカル。個人的にはエイミーよりもこちらが好みだ。




# by kinky25 | 2010-02-08 16:59 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
Hope for Haiti Now
奇妙なことに、最近急に Fugeesのことを思い出して、曲をIPODに入れたり、Laurin Hillの消息をネットで調べたりしていました。

その矢先にハイチで大地震が起きました。

The Fugeesは、90年代中盤にブレイクしたヒップホップバンドで、メンバーのワイクリフ・ジョンがハイチ出身。今回の地震でもハイチの置かれてきた厳しい状況が強調されている通り、Fugeesのバンド名の由来はハイチのRefugee Camp(難民キャンプ)から来ています。高い音楽性と硬派なアプローチで、90年代後半からアメリカと世界を席巻しているチャラ系ヒップホップとは一線を画す、ヒップホップの歴史に名を残すバンドであろうと思っています。

地震が起きた直後、ワイクリフ・ジョンがすぐさま現地入りして救援活動にあたっているのは新聞などで見ていましたが、最近パニック症候群のせいもあって、大災害のニュースを直視することができず、ちゃんと現実を見るのを避けておりました。(実は地震が何よりこわい)

そうしたところ、ハイチ救援版「ライブエイド」があり、救援活動に力を入れている地元出身のワイクリフ・ジョンをはじめ、かなりそうそうたるメンバーが出るというので、おそるおそるテレビをつけて・・・・。

いや~まいりました。テレビ用だから、ほんとの惨状は写さないし、なんでもかんでも美談にしてしまうという演出を差し引いても、どれだけ想像を絶する状況なのかがわかります。やっぱり涙なしには見れません・・・。

自分の都合で耳をふさいでいたことを反省しました。つべこべ言ってないで寄付しねーと。今回はアップルと提携して、ライブで歌われた曲をITUNESでダウンロードすると、その売り上げが100%寄付される、というので、さっそくITUNESを見てみましたが。実は1曲づつのDLはできないようで、「アルバム先行予約」となっています。しかも日本のサイトとアメリカのサイトで内容が違う。困ったな。

今回は、みんな泣かせるスタンダードなバラードばかりを選んでカバーしてました。これは、歌のうまい下手が如実にばれます。苦戦していたのはマドンナ。しばらく見ないうちにすごくうまくなったな~と思ったのが、ジェニファー・ハドソンとクリスティーナ・アギレラ。圧巻はメアリー・J・ブライジ姐さんでした。スティングもよかったです。Bonoは私的にはビミョーでした。

あと、ハリウッドのセレブが、50人以上もブースに座って寄付の電話を受けている映像は圧巻でした。スビルバーグやらクリント・イーストウッドといった重鎮も。アメリカのエンタメ業界は「エイド慣れ」していて、やることがソツないというか絵的に何をすればいいかをみんなが理解しているというか・・・。まあ賛否はさておき、一般の人に与える影響はやっぱり大きいので、エンタメ業界がこういった救援活動に果たす役割って本当に大きいとつくづく思います。どんどんやってほしいです。


# by kinky25 | 2010-01-23 15:35 | アメリカ/カリフォルニア | Trackback | Comments(0)
Vista 要らない運動。
ツイッターなつぶやきなのですが・・・。

半年ちょっと前に日本に帰ったときに新しいノートPCを買いました。その前に使っていたのは3-4年ぐらい前に買った東芝のダイナブックで、その前がソニーのバイオだったかと思います。

今回のは富士通のFMV。ハード面も多少使いづらいだけでなく、Windows Vistaにも閉口しています。ハード面で最悪なのは、キーボードについている指でぐりぐりとスクリーンを触る式のマウスポインターの感度が異常に高いこと。毎回立ち上げるたびにOFFにするのですが、永遠にOFFにする方法がわからず、やっぱり毎回忘れてONのまま使い始め、うっかり親指の付け根あたりがスクリーンに触ってしまって余計な動きをされてしまい、ぶつぶつ言いながらOFFにする、という作業を毎回してます。こんなに感度がよすぎるポインター、誰か使ってる人いるのでしょうか。無駄な機能すぎてたまりません。

そしてWindows Vistaにはお手上げ。なんでこんなに絵が多いんでしょう。「あの~、私、字も読めるんですが」と思わず言いたくなるぐらいすべてがアイコンになっていて、うっとうしいだけならず、ドライブの中身をたどっていったり、機能で何かを探したいときに、すぐに何がどこにあるかわからずいらいらします。

こういうの、PC初心者にはいいのかもしれませんが、私にしてみたら文字で言ってもらったほうが何倍も手っ取り早いです。エクセルにしろワードにしろ、メニューが縦一覧で見られず、横広にずーっと探していかなきゃならないし、それをするのにも絵がほんとにじゃま。ハサミのマークを見せられるより、ふつうに「切り取り」と言ってくれればいいのに。

ほんとにいらいらいらいらいらいらしてしまいます。ただの愚痴ですね。

ここまで丁寧に先回りしてあげる必要があるんでしょうか。かゆい所に手が届く、というのがありますが、手を届かせようとしすぎて、かゆくないところまで掻かれてる感じです。ほんとに余計なお世話。でもみんなこっちのほうが使いやすいんでしょうか。それとも私が年とってきた証拠でしょうか。ラッキーなことに、つつましい設備投資がデフォルトの官庁が職場なので、職場のPCはまだVistaじゃないので助かってますが。Vista要らない運動を起こしたいぐらいです。



# by kinky25 | 2010-01-21 15:16 | Trackback | Comments(2)
感性のスピード: 「スヌーピーとチャーリー・ブラウン」
スヌーピーを覚えてますか。

文房具のキャラクターでは人気があって、子供のころはスヌーピーのグッズをたくさん持っていた記憶があります。でも、チャーリー・ブラウンの影は薄くて、しかも漫画やアニメは一度も見たことありませんでした。(実際はチャーリー・ブラウンが主人公で、スヌーピーはけっこうワル(!)な脇役)

50年代に生まれたこの漫画は、アメリカではかなりの定番子供向けアニメなようで、ある日夫が息子にDVDを借りてきたのでした。見せてびっくり。受けまくりです。とにかく、笑うところであろうがなかろうが、ほとんど全編を通してけたけたけた笑いまくり。テレビや映画にこんな反応をしたことは、今まで皆無だったので本当に驚きました。もちろん今では彼の一番のお気に入りです。

50年~60年代のアニメなので、ぱらぱら漫画の手法というか、一枚一枚絵を撮ってつなげているという感じがわかる、非常にシンプルなつくりではあるのですが、これが奥深い。

まず、ストーリーが非常に単純---というか、あってないようなもの。子供たちの会話や反応に重点がおかれていて、大きなヤマもないし、教訓じみたこともなければ、泣かせようという無理やりな押し付けもない。

そして、登場人物(完全に子供だけ)の動きが地味におもしろい。歩き方、しゃべり方、髪型とか。

それから、意味もなく音楽が多用されている。少年がただピアノを弾くシーンが、ストーリーにはあまり関係なく延々と続いたりなど。


とにかく、今の過剰な3Dアニメに慣れてしまうと、いい意味で「スカスカ」です。

子供たちが、子供たちの目線で、子供たちがほしい情報だけを入れてできあがったアニメ、という感じ。だからきっとうちの3歳半の息子が、「等身大」で楽しめたのでしょう。そして子供たちがほしい情報というのは、実はきわめてシンプル。派手なアクションも、はやりモノも、教訓も、お涙ちょうだいも、ストーリーすら要らないかもしれない世界。そしてもちろん、一番要らないのは「大人」。大人が一人も出てこない、大人目線での「これがおもしろいでしょ、あれがほしいでしょ」という押し付けが一切ない世界。

子供ができてから、映画館でアニメを見るようになって、その技術の進歩に驚くと同時に、何かそら恐ろしいものを感じていたのですが、チャーリー・ブラウンを見ていて、その正体がわかったような気がしました。実は年末に、予告編でディズニーの「クリスマス・キャロル」を見てました。最近多少パニックを患っているので、暗い映画館はけっこうやばいのですが、この映画はさらに、3Dで、モノの動きが異常にリアルで早く、そしてすごい勢いでこっちに迫ってくるのです。かなり追いつめられました。追いつめられて、脳がフリーズしたあとに、うわーっとキレそうな感覚がありました。「キレる」ってこういう感じなのかもしれないと思った瞬間でした。

なぜそんな感覚が起こるか。

スピードじゃないのかな、と思うのです。

頭で処理できないほどの、肉体の限界を超えたスピードが目に飛び込んでくると、負荷のかかったコンピューターと同じで、フリーズしておかしくなってしまうんじゃないかと。パニック症有りのおとなの私の処理能力は、子供や若者と同じくらいなのかもしれない。そしてその状態であれだけのスピードを目にさせられると、パンクするなと思いました。現代の子供がキレるのはなぜか、とよく議論されます。そして、ゲームがそのやり玉にあがることが多い。ゲームも肉体の限界を超えたスピードを持ってます。

興味があったら「チャーリー・ブラウン」をお子さんといっしょに見てみてください。子供の感性のスピードってこんなもんだったんだな、とか、自分もこんなスピードだったな、とか、思い出させてくれると思います。やたらめったらスピードを加速させている今の子供向けの映像、あんなのがほんとに必要なものなのか?個人的にはかなり危険性を感じています。だから宮崎監督も、手書きで「ポニョ」をつくったのじゃないかな。





# by kinky25 | 2010-01-16 15:50 | アメリカ/カリフォルニア | Trackback | Comments(2)
ベーグルを作ってみた
みなさま明けましておめでとうございます。新年はいかがお過ごしでしょうか。

私、現在風邪をひいております。私だけではなく家族みんな40%の低空飛行という感じだったので、今日は何もしませんでした。でもあまりに何もしないのも何だということで、ベーグルを作ってみました。

今までは、Trade Joe'sの一袋1.99ドルのミニベーグル(ミニといっても日本人にはこれがちょうどいいサイズ)を買っていたのですが、あるときWhole FoodsでWestern Bagleのを買ったところ(3.99ドル)、全然味が違っておいしかったので、最近はこちらに乗り換えてました。でも、正直「高いな~」とは。

何か粉ものを練り練りしてみたい気分だったので、それならWestern Bagleに勝てるか?と、やってみました。


結論から言いますと・・・・。

ベーグルって意外と簡単にできるんだな~。びっくり。
味も、初めてにしては上出来です。これは、あまり失敗しなさそうです。
子供もこねこねするのは大好きだけど、強力粉をこねるのはおとなでも楽しいと再確認。
慣れないと、発酵の時間のタイミングを計るのが難しいですが、それでも発酵は一回しかしなくていいし、こんなふうに何もしないでぼーっとしている日なら、私にもできそうです。

うっかりしてちょっと焼き過ぎましたが、外はぱりぱり、中はもちっとしていけました。

ちなみに「強力粉」を英語で何と言うのかがわからずそのまんまになっていたのですが今回やっと調べました。"Bread flour"がそれに当たるみたいです。

これもどうでもいいことですが・・・。ベーグルは「ニューヨーク発祥」と思われいてる方も多いようですが、おおもとはイスラエルです。NYCに移民してきたユダヤ人たちがやっぱり数も多かったから、NYC式のベーグルがポピュラーになったんでしょうね。なんとなく気になって調べていたら、現在の北米での二大勢力はニューヨーク系とモントリオール系だそうです。


# by kinky25 | 2010-01-11 14:15 | Life/レシピ&small boy! | Trackback | Comments(2)
ブラジルが温室ガス削減目標を明言
ポスト京都(京都議定書は2012年までの温室ガス(GHG)削減目標を定めていたことから、2013年以降の世界的な枠組みへの交渉は「ポスト京都」と呼ばれている)の目玉会議となるCOP15@コペンハーゲンを来月に控え、ブラジルが「2020年までにBAU比最大39%削減」という目玉をぶつけてきました。

目玉会議の直前に目玉をぶつけてくるあたり、ブラジルもなかなかの策士かもしれません。

GHG排出大国アメリカが、今まで削減義務を負うことに絶対にYESと言わなかった大きな理由が、BRICsをはじめとする発展途上国が削減義務を負わない限り不公平だから・・・・というものでした。そして、中国、インド、ブラジルなどが経済大国として頭角を現して来ればくるほど、その「不公平感」は問題となってきていました。

そのタイミングでブラジルが途上国(という表現ももはやふさわしくないと思いますが)の先陣を切って削減にコミットしたことで、COP15の交渉のかけひきも大きく変わるでしょう。中国へのプレッシャーが強くなることは間違いなく、そしてもし中国が交渉の途上で何らかのコミットをすれば、アメリカだってコミットをせざるをえない状況になる、という図式が生まれるのではないでしょうか。

ブラジルは、アマゾンという地球最大規模の熱帯雨林を有します。熱帯雨林が地球の「生産性」に与える影響は非常に大きく、アマゾンが破壊されると、単にブラジルの自然が破壊されて悲しいことだ、というレベルにとどまらず、世界の気候システムや大気循環のシステムが悪影響を受けて、いろいろな弊害が起こることが予想されます。熱帯雨林は、地球の生命線と言っても過言ではないのです。

もちろん、森林はCO2を吸収して貯蔵しますから、熱帯雨林の破壊を防ぐことで温暖化防止にもなるわけなので、開発を阻止する、破壊されてしまった森林を元通りにする、というプロジェクトは、オフセットの対象になります。つまり、GHG削減を義務付けた国で出してしまったCO2を、ブラジルの森林を増やすことで帳消しにしよう、ということです。なぜわざわざアマゾンかというと、そのほうが日本などで同量を削減するより、安くあがるからです。

ブラジルからしてみれば、GHG削減の枠組みに積極的に参加し、アマゾンの自然を復興することが、外貨を呼び寄せる手段となるこかもしれないということです。

もうひとつ、ブラジルは、さとうきび由来のバイオエタノール生産の超大国でもあります。バイオ燃料にはまだまだ問題もあり、ここでは語りきれませんので割愛しますが、要は温暖化対策・GHG削減の国際交渉の場で、ブラジルはこれから大きな大きな役割を担っていくだろうと思われます。

ブラジルの動きから目が離せなくなりそうです。





# by kinky25 | 2009-11-16 13:40 | カンキョウの話。 | Trackback | Comments(4)
侮れないビタミンの威力
最近、軽い神経症(うつとパニック)に悩まされています。病院に行くほどではなく、勝手な自己診断では原因もはっきりしているので(ホルモンバランスの乱れ)、とりあえずできる範囲で効きそうなことを試しているのですが、それで火を見るよるも明らかになってきたのが、「ビタミン」の力。

もし、ホルモンの分泌をつかさどるのが栄養分だとすれば、食べ物やサプリメントの摂取をきちんと管理することでホルモンの分泌を正常に戻していくことができそうです。というわけで、肉類は極力減らし(あんまり食べたくないのもある)、野菜をたくさん食べて、さらにビタミンや鉄などのサプリを規定量飲むようにしていたら、かなり改善されてきたのです。

ですが、ここ2、3日たまたま外食や何やが続いて、きちんと食事をしなかったら、(しかもサプリも飲み忘れ)神経症の砂漠がひたひたと音を立てて戻ってきました。こんなにあからさまに違うというのが驚き。

その昔、「浅間山荘事件」というのがありました。連合赤軍という極左のテロ団体が、キャンプを張っていた山荘で内部抗争の末に凄惨なリンチ事件を起こしたというものです。私が小学校のころぐらいに、「昔、浅間山荘事件というのがあった。下界から離れて山中に立てこもっていたメンバーはほとんどインスタントラーメンしか食べないような生活を送っていた。そのため、ビタミンが不足して精神的にいらいらし、それが凄惨な事件の一つの原因になった」というようなことが言われていた記憶があります。子供の記憶なのではっきりしないのですが・・・。

当時は、「確かにインスタントラーメンは体に悪そうだけど、そんなことで殺人事件にまで発展するのか?」というような感想を持った記憶があります。もちろんそのままその話は忘れてました。

でも、最近、ホルモンの不調を体で感じるようになって、ビタミンの過不足が本当に神経にびっくりするぐらい大きな影響を与えるのを身をもって発見したことで、浅間山荘事件のインスタントラーメンの仮説も、実はかなり信憑性があったのじゃないかという気がしてきました。

「病は気から」という言葉があります。最近、これにもう一文つけたい気分です。「で、気は栄養から。」
サイクルとしては、ビタミン(を含む栄養)が不足すると、気が蝕まれる。気が蝕まれると病気になる。・・・ということではないかと。

若い時は気がつかなかったけど、結局は食べ物、という事らしい。特に、だんだん年をとってくると、栄養の摂取効率が悪くなるのか、それとも燃費が悪くなるのか、とにかくちょっとした不足がけっこう大きなダメージになる気がします。

みなさんビタミンをお忘れなく。


# by kinky25 | 2009-11-07 14:41 | Life/レシピ&small boy! | Trackback | Comments(4)
若者のオトナ度
私の職場にいる20代の若者たちを見ていて、目からうろこがおちることが多々あります。若者ってこんなに仕事できるんだ・・・・と。

もちろん、彼らが優秀であることは間違いないのですが、それにしても私が大学出たての新卒だったころは社会の仕組みなんて何もわかっていない子供だったし、ほんと右も左も・・・・。という感じでした。勉強は多少はしたけど、社会のことはからっきしなので、1から10まで教えてくださいってなもんです。会社のほうにも、新卒が即戦力になるという概念はなかったし。

それに比べ、わが職場の新卒は、いきなり入ってきて引き継ぎも指導もほとんどゼロに近い状態から、自力で与えられた仕事を咀嚼し、進め、必要なことを勉強し、おとなたちと対等に議論し、りっぱな書面をつくり、プレゼンし・・・・。と。ほんと中堅やそれ以上と変わらない働きぶり。

ぶっちゃけ私なんかよりずっといい仕事をしているわけで、我に返ると落ち込んで、愚痴大会になりそうですが。なんで彼らがあんなに成熟しているのか、について最近考えているのです。

自分のことを振り返ってみると、大学卒業するまで、多少のバイトはしましたが、社会に出ているおとなたちと定期的にかかわって活動したり話をしたりという機会は全然といっていいほどなかったし、もちろん「おっさんやおばさんと話してもしょうがない」という気持ちもありました。なので、おとなと仕事をしていくということに対して、何の準備もなかった気がします。

どうしてそこまで純粋培養みたいなことになってしまったのか、改めて考えてみると、日本って、人々は同じ年代の人同士でグループわけされて、ほとんどその中でつるみます。子供、若者、おとな・・・・、いくつになっても、だいたい同年代のみで固まっていて、そのほかの年齢層と交流しない。閉じられた小さい世界から出ることをせず、それ以外の年代のグループに対する免疫を全然つけないような状態になっている。

アメリカに来てみると、それがものすごく流動的なのが印象的です。たとえば、びっくりするほど家族の交流が深いので、みんなしょっちゅう家族親戚で集まりますが、その集まりにも子供から大人までみんな参加型。

スポーツ、Fundraising(資金集めのイベント)、課外授業、サークル、ボランティアなども盛んで(これは実は、日本で言う内申書の点数が高くなるからという側面もある)、そういうのも子供、若者、おとなが同じグループで活動したり。もちろんアルバイトも盛んですし。

とにかく、年齢の垣根が日本よりもずっと低くて、いろんな場面であらゆる年代が入り乱れて活動している。そのせいか、「おじさん、おばさん」という概念がない気がします。単に世代が自分よりも上だから拒否する、という考え方がないような。

その結果何が起こるかというと、子供や若者が、疑似社会、疑似職場みたいな環境に早い時期からなじんで、その中でどう動いていくか、何をどう吸収していくか、ということを自然と覚えるような気がします。だから精神的に成熟するのが早い。

さらにん、「飛び級」という概念のある国だから、どんなグループ、集まりでも、期待の若手は、若くてもどんどん重要な仕事を任され、ものすごいスピードで成長していく。

若い力を、早くから存分に伸ばす土壌がある、ということなのかな。

えー、結論としては、彼らを見ていて本当に後悔の念にかられているのです。体力もあって頭もスポンジのように何でも吸収できる若いときに、もっともっとちゃんと努力しとけばよかった。多少の勉強はしたつもりだったけど、バブルの学生だったからひどいもんです。若さを無駄遣いしたなあ、もったいなかった・・・と。だいたいが後悔体質なのですが、さらに後悔入ってる今日この頃。

もちろん後悔は先に立たないので今からでもさらにがんばるしかないのですが、それとは別に、人間が幼稚化しているといわれる日本では、年齢でわけて固まる制度を全体的にやめて、もっと縦につながるしくみに変えることは、けっこう大きなカンフル剤になるのではないか、と、思ったりしています。







# by kinky25 | 2009-10-30 16:13 | アメリカ/カリフォルニア | Trackback | Comments(0)
負けるべくして負けたオリンピック招致
全然状況のわからない門外漢なので、偉そうなことは言えないのですが、日本がオリンピック招致に成功するとは、とても思えませんでした。

今日本の外から日本を見ていると、日本がもう「旬」の国じゃない、というのがよくわかるからです。

もう少しぶっちゃけてしまうと、「終わってる国」という感じで、人々の眼中に入ってない。

2002年オリンピックを開催した中国、2014年ワールドカップと今回2016年のオリンピック誘致に成功したブラジル、その次あたりに来そうなインド・・・・。やはり世界は今、BRICsの一挙手一投足に注目しています。

数年前から、アメリカの大学はMBAに日本人を取らなくなっている、なぜならアジア人枠を中国人に開けたいからだ、という話もありますし、実際、アメリカの大学だけとってみても中国人の進出振りはすさまじいものがあります。

そして、修士号保持者が世界一多いとも言われるインド人は、シリコンバレーを始めとするIT分野ではすでに一大勢力です。こっちでソフトウエアを買ってカスタマーサービスに電話すると、電話を受けるのはインドのコールセンターだし。

資源大国ブラジルの動きも目が離せません。


1980年ごろの日本も、世界の目にはこういう感じに写っていたのかも、とも思います。とにかく、勢いでは完全に負けてます。芸能の世界でも、恋愛の世界でも、一回落ち目になったら、上がり馬と同じ土俵で勝負しても、絶対に勝てません。

日本が今するべきことは、五輪誘致にお金を使うことじゃなくて(勝ち目のない戦に思える)、国の経済を建て直すためにお金を使うことじゃないのでしょうか。五輪は一過性のものだから、五輪を呼べば日本がどうにかなるというものでもないと思いますし。

例えば大学を何とかするとか。ポスドクの問題なども深刻だと思います。高等教育はきちんと守らないと、国は立ち行かないと思います。
あと、私としては、世界一の座を奪われた太陽発電の技術などへの投資にも一票入れたいし。


次の誘致も、出なくて正解と思います。2002年ワールドカップという思い出があるだけでも上等では。






# by kinky25 | 2009-10-05 15:29 | Trackback | Comments(2)
バブルの呪縛
最近、若い女の子の間で専業主婦願望が増えているそうです。

それを聞いて、「痛いところをつかれたな・・・」と思いました。

ふたを開けてみると、その心は、「仕事をしたくない」「楽したい」ということのよう。あーそうか。バブルを謳歌した我々世代が、今、親になって、娘たちに「女の極意は男に稼がせ、貢がせて、楽する人生である」というような薫陶を与えているんだな・・・・・。そんな気がしてます。

いや~。確かにあの時代には、アッシーだのメッシーだのみつぐ君だの、そういうのがもてはやされました。クリスマスは一流ホテルのなんとかで・・・とか。今話題の高城某氏なんて、バブルをひきずってるにおいがぷんぷんします。肩書きからしてどうにもこうにも。そういう時代だった。(そういや、もう一人の高○氏も、バブルにはまったまま一生大人になれなかった人なのかもしれない)

でもでも。

あれはあの異常な時代だけのこと。うたかたの夢、二度とつかまえられないかげろうなのです。バブルのような時代は、多分二度とやってこない。世界を見回して日本の立ち位置をちょっと確認すれば、そんなことはすぐわかる。

・・・・・っていうか、多分バブル世代以外のみんながわかってる。

でも、バブル世代は、あの当時吸った甘い汁がいつまでもいつまでも忘れられずに、いまだにその時代のマントラを唱え続けているのではないか・・・と、そういう気がしたのです。

これはとても時代錯誤でまずいことです。

多分、日本はこれから「働かざるもの食うべからず」の時代に突入するのではないでしょうか。そういう時代に、最初からただ「楽をしたい」という理由だけで、労働市場に白旗を掲げて参戦しないというのは、ものすごくリスクが大きいと思います。つぶしが利かなすぎる。バブル世代は、もしその結婚がこけたとき、子供たちの面倒を最後まで見るつもりでそんな教育をしてるんでしょうか。

専業主婦を批判しているのではありません。その意味をよく考えもしないで、他の選択肢を簡単に捨ててしまうことのリスクを心配しているのです。

仕事をしたくても求人がない、というのはまた別の大きな問題ですが、少なくともバブルの呪縛から我々世代が自由になって、この先を見渡してみる必要があると思います。なにしろ、社会の屋台骨を担う年齢になってきているのですから。とにかく絶対に二度と来ませんよ、あんな時代は。

写真:さようなら、おやじギャル。さようなら、いろんな意味で。



# by kinky25 | 2009-09-29 15:22 | Trackback | Comments(0)

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