James Brown - Deep Southの子供

Thanksgivingに全く関係なく、CNNでやっていたJBの特集に見入ってしまいました。Godfather of soul、「ゲロッパ!」でおなじみのジェームス・ブラウンです。私はR&B好きですが、70年代以降しか聞かないので、一世代前のJBについて初めて詳しく知りました。

James Brown、1933年 サウス・カロライナ州生まれ。わずか4歳で母親に棄てられ、父親と極貧の生活を送る。しかしそれも長くは続かず、父は6歳のJBをつれて、歩いて(!)ジョージア州オーガスタまで行き、そこで「売春宿」をやっていたおばにJBを預けた。ただでさえ差別の激しいDeep Southという土地柄、当然荒んだ生活を送った彼は、綿つみや靴磨きの他に悪事に手を染め、7年生で学校をドロップアウト。16歳で矯正施設に入れられた。

JBはそこでゴスペルグループを結成し、グループはしだいに有名になって、近隣の刑務所などで演奏活動をするようになる。そしてJBはシンガーのBobby Birdに見初められ、彼のバックアップで刑期を終えた後、徐々にシンガーとしての頭角を現し始めた。

ところで、時はまさに激動の1950年~60年代。

b0069365_1657413.jpg彼が活動を始めた50年代は、黒人ミュージシャンはchitlin' circuitと呼ばれる場所でしか演奏できず、彼が出したR&Bチャートのヒットも、黒人社会に限定されたものでした。しかしその名がついにアメリカ全土にとどろいたのが、63年の伝説の名盤「Live at the Apollo」(←お葬式もアポロシアターで・・・)。64年にはローリング・ストーンズの前座(?)で客を熱狂させるパフォーマンスを披露、ミック・ジャガーを「こいつの後にステージにあがるのか・・・」と震え上がらせたと、いうぐらいの影響力を持つようになります。

そして60年代。いわゆる「公民権運動」の時代。JBは音楽だけでなく、黒人社会のアイコンとしても次第に頭角を現します。子供たちに「学校を辞めるな」というメッセージを送ったり、プレスリー風(?)のリーゼントのようだった頭をナチュラルなアフロヘアに戻したり(当時革命的なことです)、1968年には"Say It Loud - I'm Black and I'm Proud"という、「ブラック・パワー」ムーブメントのテーマソングともいえる曲を発表したり。ちなみに同68年のメキシコ五輪では、1位と3位になった黒人選手が、表彰台でこぶしをつきあげる「ブラック・パワー」のポーズをとり、全米から袋叩きに合いました。(よくぞ命があったと思います。)そんな68年。

そして、キング牧師暗殺・・・。その翌日にボストンでコンサートをする予定だったJBに、中止の圧力がかかります。黒人たちが暴徒化するのを恐れてのことでした。(すでに全米のあちこちで暴動が起こっていた)当時のボストン市長は、「開催しても中止にしても怒りに燃える黒人たちを抑えるのは難しい」と判断し、コンサートの入場者を減らす代わりに、ライブをテレビ中継する案を通しました。市長は自らライブの冒頭に姿を現し、ボストンの8万の黒人コミュニティに家でライブを見るよう呼びかけました。JBもステージからメッセージを送りました。そしてボストンの暴動は防がれた、と言われています。

彼の政治的重要性はますます高まったのか、このころからホワイトハウスに招待されたりするようになり、1972年には、ブラック・パワーのカリスマでありながら、なんと共和党・ニクソン大統領の再選を支持。セールスへの悪影響を心配したレコード会社は、支持をとりさげさせようとしますが、JBは「ニクソンは、私が「アメリカの宝だ」と言ったんだ。「アメリカの宝だから、特別だから、税金を払わなくてもいい、そう言ったんだ」と言って、支持を取り下げなかったそうです。

70年中期以降、Discoブームが巻き起こると、JBの音楽はしだいにすたれていき、彼の奇行ぶりにも拍車がかかるようになりました。後は私たちも知っている、ドラッグやDVで逮捕され、また復活、またご乱心、を繰り返す晩年のJBになっていきます。

彼は、Deep Southという特に差別の激しい場所で育ち、ゴミくずのように扱われる幼少期を過ごしたのだと思います。社会から迫害され、貧しく、両親の愛もなく、食べ物を探してゴミ箱を漁ったり、靴磨きの仕事で汚れた臭い服が「学校にふさわしくないから」と学校を追い出されたりする生活。「才能」、たったそれだけで社会のゴミためから這い上がり、名声と、影響力と、お金を手に入れたJB。後に続く黒人の子供たちが、自分のように粗末に扱われないために、道を踏み外さないために、彼が社会に送り続けたメッセージは、心からのの叫びだったのでしょう。それでも彼がニクソンを支持したのは、ニクソンが「君は特別だよ」と個人的に約束してくれたからではなかったのでしょうか。「差別され、粗末にされてきた子供」が、アメリカ大統領に「君は特別だよ」とささやかれる陶酔。

成功を手に入れ、大統領との親交を手に入れ、黒人社会のアイコンとしての地位も手に入れたJB。それでも彼の私生活は落ち着きませんでした。結婚、離婚を繰り返し、そのたびにDV騒動。彼は、母親に棄てられた心の傷から、「愛した女性が去ってしまう」ことに恐怖を覚え、暴力をふるったのだそうです。彼の選ぶ女性の多くが彼らを迫害してきた白人だったこととあわせて、彼の心の闇の深さを見る思いです。

公民権前の黒人の子供たちは、「白人に逆らうと殺されるから絶対歯向かうな」と教えられたと何かで読みました。そんな環境で、社会に粗末にされ、親に粗末にされた子供JBは、あれだけ成功して、金も名声も得ても、粗末にされた子供であった過去を克服することができなかったのかもしれません。

人間を、特に子供を「粗末に」することの罪深さを、そして、自分が大事に育ててもらったことへの感謝を、心に刻んだThanksgivingでした。
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by kinky25 | 2007-11-24 14:59 | 音楽


筆者: 環境庁勤務・一児の母。 生息地: カリフォルニア・サクラメント。  ブログについて: サイエンスとトレンドを融合した、わかりやすいエコ・温暖化・サステナビリティ。コメント歓迎です(除く営業)


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